2009年1月29日木曜日

20090129 田植えとその周辺で

田植えはやっぱり腰に来る。今日は結構ばてた。最後の方は、他の人がもっとやりなよ、と言ってくるが、無視して畦道に腰をおろしてしまった。

というのも、日中暑すぎる。35度前後の炎天下の下、水の供給なしでひたすら田植えはちょっと無謀ではないか?たらふくご飯を食べたけど、なぜかすぐお腹がすいてしまった。昼食後は、縁側でお昼寝。最近、昼食後は、昼寝するのが癖になってしまった。昨日は、二時間近く眠りこんでしまって、さすがに、寝過ぎ、と怒られた。今日は1時間に短縮。食後すぐの昼寝はなんでこんなに気持ちがいいのだろう。日本の家屋に縁側がなくなってしまったのは、かなりまずいと思う。外と内の中間点が絶対必要だ。ここの農民の家屋は、外の勢力が強い気がする。特にクリチャヤスの家は、泥や牛フンでできているので、うちに近い外だ(ただし、私は中に入れないけど)。

それにしても、一緒に田植をしているテヌグのお姉さんは、すごくいい人だけど、結婚しろ、早く2人子供をつくれ、アクセサリーをしろ、髪を腰まで伸ばせ、と毎日しつこい。日本とこことでは事情が違うと何度も説明したが、だったらこっちで結婚すればいい、との一点張り。フィールド婚ってする人がいることは知っているけど、私は無理。選択肢にない。ここの生活は、人間らしくていい点が多いけど・・・というかなんでダメなんだろうか?多分、多様性にかけることだろうか?多分そうだろう。いろんな格好、考え方、暮らしぶりがよしとされていないとしんどい。そういう風に育ってしまったのでこれはかえられそうもない。

2009年1月28日水曜日

20090127 胡椒  

なんと、ここでの生活もあとちょうど、一か月。一体全体どういうことか分からない。調査の進捗とかなんとか考える間もなく、農作業をすることになっている。このまま、農作業をしていたら一か月がすぎ、もう明日帰国だぁあと、あわてて荷造りするのだろうか?

とにかく、今日は胡椒の収穫作業。本当は、田植えのはずだったが、圃場整備が遅れているため、一日延期になったようだ。

胡椒の収穫は、基本的には男性の仕事となるが、人手がなければ女性もやる。高いところまでは登らないが、手の届く範囲で実を取って行くという軽作業だ。とはいえ、この畑は土づくりが行き届いていなく、枯れ死病が多い。実がなる前に落ちてしまっているのも多く、収穫というよりは、拾いまくるという感じだった。長い時間拾っていると、だんだん目が慣れてきて、枯葉、さまざまな実、虫、さまざまな作物の荒れ放題の畑からすばやく胡椒の実を抽出できるようになってくる。

なんだがずっとやっていると、時も場所も越えて、狩猟採集の人たちの感覚になじんでくるように感じる。ひたすら、集める、拾う、というのは、こういうかんじなんだろうなぁあ、と。うまく説明はできないが。アッカ(テヌグのお姉さん)が、何か果物の実を取ってきて、食べろという。リンゴに似ている味だ。狩猟採集のひとたちも集めて、拾って、時々つまみ食いしていたに違いない。

それはそうと、最近、クリチャンスたちの噂話(悪口)サイクルに徐々に入ってきてしまった。仲良くなると避けられないことなのだけど、まぁ、おもったよりごちゃごちゃしている。個人的に好きな人の悪口を聞くのは、あまり愉快ではないもんだ。日本人だったら、こっちも起こってしまいそうだけど、ひとまず我慢して聞いておくことにした。

2009年1月25日日曜日

20090125 あれよ、という間に田植え再び

風邪ひいてくすぶっていたら、もう田植えが始まってしまった。朝、シブから電話があり、今日から田植えだから水田に来い、と。

今日までたっぷり休もうかとおもったけど、気になったので見に行った。そして、見に行ったらやっぱりやりたくなってしまい、水田に入る。この足の感覚久しぶりぃ。8人の日雇いの女性がすでに朝から田植えを続けているようで、いくつかの田はもう終わっていた。

さて、田植え作業。去年の8月、最後の方には、感覚がつかめたはずだったのに、またあっさりのろくなっていた。やっぱり1シーズンだけではだめなようだ。それから、前屈みの姿勢は鼻水を垂れ流すのに最適な角度のようで、やりにくい。じゅるじゅる言っていると、他の人たちに風邪ひきはやめて、早く帰るように言われてしまった。まぁ、そういうことで、今日のところは1時間ぐらいで切り上げ。昨年の田植え期の記録などを読み直して、復習でもすることとしよう。

2009年1月24日土曜日

20090124 結婚結納金

風邪引きだから嫌だといったのに、無理やり下宿先のお家ごとに引っ張り込まれた。今日は、ロナパンの甥の婚約相手の家に行く日。

結婚が決まるまで、何度か相互の家を行き来して、家族の様子(基本的には、どんだけ土地もっているか。仕事は何かとか)やらを探る。甥は、コーチンに住んでいるのに、わざわざこんな田舎くんだりまでやってきた。相手はこの近くの人。でも、当の本人はキプロス島で看護婦の仕事をしているため不在。甥と私を含む11人でぞろぞろ行くことになった。狭いジープはかなり太めの人たちで(普通の体型なのは、糖尿病になって食事制限をしているロナパンの兄と甥のみ)ギューギューになって行く。11人は、重さからいうと15,6人分は軽く超すだろうと思われる。

相手の女性は、写真だけ見せてもらっている。はっきり言って、ブス。甥の方はまずまず(ケーララの感覚だと)なので、この器量の差はこちら側の家族も気になっているらしい。行く前にも行った後にも、ちょっと顔が、、、とか腹で過ぎ、とかみんな文句いっている。まずは自分たちを見ましょう、と素直に思える。

で、相手の家についたら、予想通り、恐ろしくだらだらしている。このひたすらだらだら時間がすぎる、というのはもういやというほど経験しているが、風邪ひき中は苦痛(寝かせろおおおぉ)。ケーララのキリスト教徒的視点を想像しながら、家、家族を眺める。家は、中の下サイズ。土地は狭い。こそこそ、ダウリー(結納金)の金額を聞いてみた。答えは、4ラク(約80万ていうとこか、最近円高が、すごいので)。ケーララでは、このカソリック教徒たちのダウリーは悪名高いのである。で、4ラクではもちろん足りないので、そのほかに金と土地をいくらかつけるらしい。どうせまた結婚式には、腕が上がらないほど、金の腕輪をつけるのだろう。まさに、豚に真珠。

今は、コーチンからやってきた御一行のために、台所では豚肉料理を作っている。ちょっと台所に水をもらいに行くと、案の定、今日行った家族のうわさ話をしている。器量が悪い、というのがまた挙がっていた。写真一枚でそこまで、よってたかって、ブス、ブス言われているのを聞くと少しかわいそうになる。なんとか書き集めたお金と借金してこさえた金と泣く泣く受けわたす土地をつけて結婚するのに。ところで、甥本人は全然気にしていないようだ。そこが不思議。結婚の意味がよくわかってないのかもしれない。朝起きて同じ布団の中にいるその人の寝顔。その人に似た子供はお世辞にもかわいくない・・その時初めて理解するのだろうか。これも全て主の御心なのだろう。

2009年1月23日金曜日

20090123 調査中の体調不良には

調査中(ていうか、外国にいるとき)、体調不良を起こした際は、できる限り現地のオルタナティブ医療を利用することにしている。韓国では、韓薬(はん・やく。漢方の韓国ヴァージョン。でも結構、中国版とは違うよう)に頼ったし、ケーララではやはりアユルヴェーダ。それから、クリチャヤスの伝統医療。

見ていると、ここの人は、アユルヴェーダと西洋医療を利用する割合は半々という感じだ。多くの人が、風邪や打ち身ぐらいだったらアユルヴェーダ。ひどいものは、西洋医療というところだ。でも、完全にアユルヴェーダの人もいれば、西洋医学の人もいる。クリチャヤスのテヌグなんかは、まず旦那にコインでの祈祷をしてもらう。これがダメだったら、とび越えて西洋医学らしい。たいていは祈祷で治るとか。

で、熱が引かないので、今日もまたアユルヴェーダのクリニックに行った。鼻水がひどくて、鼻周辺の皮膚がひどく剥けてきたことを訴え、大至急鼻水を止めてほしい。熱も頼む、と。処方してくれた薬は、固形の飲み薬が3つと液状のものが一つ。それからパウダー。固形のものの一つは、つぶして、液状の薬に混ぜて飲むように言われた。食後、さっそく飲んだが、恐ろしく恐ろしく、辛い。液体は、まあアユルヴェーダな味。そして、パウダーはお風呂あがりに頭のてっぺんにのっけてすりこむように言われた。へー、と思って、試してみたが、このパウダーはかなり臭い。しいて言えば、虫歯のひどい人の口臭の臭いか。これで熱が下がるのなら、がんばってやるしかない。

それから、これらに加え、蜂蜜ライム搾りラム酒のお湯割りを寝る前に飲むようにしている。効果ははぞだが、体が温まる。昨日は奮発して高めのラムを買ってきてもらった。今日もそろそろ体を温めて眠ろうと思う。

2009年1月22日木曜日

かぜと郷土史

どうも、風邪が治らない。もう一週間もたつ。
一週間たったからいいんじゃないかとおもって、早朝、ジョキングに出かけたら、想像以上に寒い。
鼻水が出て出て、走るどころじゃない(だいたい、どんなに少なく見積もっても毎日コップ3杯は鼻水出てる。鼻水の出過ぎで脱水症状ということもあるのだろうか?)で、残念ながらいつもの半分ぐらいで引き返してきた。そのあとは、頭痛がはじまり、発熱。ぶり返したようだ。あー、やだやだ。

でもちょこちょこ、調子のいい時に、村の歴史を調べている。
小学校のころ、近所に郷土史資料館なるものがあって探検がてら入ったことがある。
こんなマイナーな町の歴史を調べて(校長先生の変化とか、農具の変化とか。水害の記録とか)どうするのか?じじぃたちの暇つぶしぐらいにし思っていなかった。そもそも、歴史小説もあまり読まなかったし、どうも歴史好きではなかった。(ただし、「マンガはじめて物語」なんかはすきだった。すき焼きの由来とか教えてくれて)

ところが、調べるとおもしろい。ほとんど文献資料がないので、周辺の文献をつてに、ひとに聞いたり、いままで、適当に聞いていたフィールドノートから、歴史的なことをあつめて、年表つくったり。
昔は、大家族なら100頭以上の牛を飼っていたとか、アディヴァシス(先住民)かと思っていたクリチャンスは、せいぜい9世紀ぐらいからの移民だったとか。イワシカレーは、今ではマラバールカレーの一つとかいわれてローカル料理っぽくされているが、1950年ぐらいからの風習だとか。タピオカ栽培も食事もごく最近。とにかく今の村の景観、栽培作物が作られたのは、1960年ぐらいのことのようだ。
(こう書いてみると、やっぱりこの村を知らない人にはおもしろくないのかも・・・)

まぁ、とにかく郷土史探りはおもしろい。元気になったら農作業の傍ら、教会、寺、学校の歴史を探ろうかと。

2009年1月20日火曜日

20090119 酪農セミナー

酪農のセミナーに(半ば無理やり)行ってきた。カラリパヤットの先生は、カマナでは有名な酪農家で、彼がセミナーで家畜用のアユルヴェーダの薬を紹介、展示するという。そのお手伝いかつ見学である。途中の道々で、野原やら人の家で薬草を集めながらの移動。準備がぎりぎりである。のんびりしていていいのだけど。

でもこっちは、昨日あっさり熱をぶり返したため、しんどい。頭がぼーっとするので、家畜なんてどうでもいいや、という気もするが、ケーララの酪農についてはあまり考えていなかったので、新しい情報をところどころメモったりもする(研究熱心)。それによると、やっぱり牛の保有は劇的に減っているようだ。これは、村で見聞きしていることと一致する。一番の理由は、餌がないこと。餌がない理由はさまざまだが、その内の一つは、在来種の米栽培が絶滅の危機にあることだ。緑の革命期に恐ろしいスピードで広まった高収量品種のお米は、米粒が高収量なのであって、米藁は低収量品種。飼料を一日30キロも食べる牛にとって、米藁は重要な餌源。それが急激に減ったということだ。だから、一か所だけの利益を見てるとろくなことがないのだ。とかとか、思っていたら、いよいよ頭がふわふわしてきたので、早めに切り上げて帰ることにした。帰りのバスでは爆睡したら、少し楽になったけど、明日、ちゃんと休んで治してしまわねば。

2009年1月18日日曜日

ああ、あーー、退屈。

ここに来てから初めてオーソドックスな風邪をひいた。
熱に鼻水。でも、昨日行ったアユルヴェーダのクリニックで処方してもらった薬が効いたようで、
今日はずいぶん楽。
それにしても、農村での風邪はおそろしく退屈だった。こういうときは、ごちゃごちゃ、受け身でも楽しめるエンターテイメントがある日本の方がよい。とても英語の本は読む気しないし、マヤらーラム語のテレビも見る気なし。苦肉の策としての、日本のドラマのダウンロードを試みるも超低速インターネットのため、一話ダウンロードする前に、風邪は治りそうである。(ちなみに、「ラスト・フレンド」を1日半ぐらいかけて、半分ぐらいダウンロードして見てみた。でも、長澤まさみが気持ちの悪い痩せ男に殴られているシーンに心痛。風邪に悪そうだ)
今回の風邪で驚いたのは、一切食べ物の味がしなくなったことだ。こんなこと初めてである。すごい辛いもを食べているときは、辛いという味がしないのに、口の中がしびれているのが面白い。しかも、熱もあるし、味もしないのに、すごい食欲なのも驚きだ。全く意味不明。
そういえば、他に初体験といえば、太ったせいか、脂肪がつきまくったのに、ジョキングに農作業をしているため、部分的に筋肉がついたせいか、とにかく、マタズレの被害である。競輪やスピードスケートの選手たちはどうしているのだろう?今のところは、すれて汗疹みたいになってきている。ヒリヒリ痛い。
くだらないけど、痛いから仕方ない。
ひとまず、風邪を治してから対策を立てねば。

2009年1月15日木曜日

20090115 

珍しく、ばかばかしく、風邪をひいた。野良仕事にはいくものの、どうも鼻垂れでやりにくい。

ところで、ほんの少し前進したことあり。アッパイアンが、これから調理場(ただし儀礼のために外に設置した)に入ってもいいし、そこでご飯食べてもよい、と言ったそうな。それから、レヌグから、農民手ぬぐいを儀礼の前日に、そして今日、竹でつくった籠(コッタ。すでに牛フンで汚れている)をもらった。特別措置だ、とすごく誇らしげに言われた。どういうことだろう?

とにかく、今日はもう体中に入り込んだアリを洗いおとしてから、寝ることにする。頭いてーーー

2009年1月12日月曜日

20090112 TouchableとUntouchable

昔から、インドにかかわる社会学者やら人類学者を喜ばしている、「淨・不浄」、「可触・不可触」の概念と実践。

勘違いが次なる勘違いを作り続ける難しい話はさておき、個人的な感情論と照らし合わせる機会が増えてきた。

日本人は、比較的スキンシップが苦手だと思う。男女間の話だけに限らず、日常生活においてあまりべたべたしない。自分のことを考えても、海外に住むことがなければ、不必要にべたべたするのは嫌だったろうと思う。でも、ネパール、そしてとくに韓国で生活してからというもの、スキンシップ感覚も柔軟になり、今では(相手を見ながらだけど。)多分日本人の平均よりも、やや上、スキンシップ偏差値60というところか?感情表現と触る、触れるということはほぼ同時に(殴るということも含めて)起こる。

で、昨晩、二か月以上かけて準備を手伝ってきたシャイマの初潮の儀礼に参加してきた。シャイマは「あー、13歳というのはこうあってほしい」と思える、生意気で、おしゃまさで、おてんばな子である。彼女の晴れ舞台ということで、まぁ、えんりゃこりゃ牛フンにまみれたりしながら、手伝ってきた。昨日は、なんやかんや100人ほどあつまったのだろうか?初潮の儀礼は、いわば元服のようなもので、親族があつまり厳粛に行われる。

言うまでもなく、クリチャヤスでないのは私だけ。儀礼のときは、いつもよりも、タブーが多かった。外に設置された調理場は、私も作るに参加したのだが、藁で囲われて外と内の境界線ができると、入ることは許されなかった。お米もだめ。長老たちがシカ肉を囲って、論議しているときは、写真撮影厳禁。時々、触ってくる人(たぶん、あまり信心深くない人)もいるものの、ほとんどの人は人が密集する中で私に触れないように気を使っている。触れたら、すぐ入浴しなければならないのだ。(一度、不本意に軽く触れてしまったおばさんと目があったが、一瞬のうちに「これはなかったことで」という協約が結ばれておもしろかった。寒いので入浴は大変だ)

米以外の外での、調理は参加できる。わいわいしながら、野菜の下ごしらえだが、みんなお互い気軽に触れ合っているのを見て、ちょっとさびしくなる。でも、私にそっけないとかではなく、むしろすごく、親しくしてくる。タブーさえ守っていれば、タブーのない部分ではかなり親密になれるようだ。

だから、儀礼がはじまり、シャイマと付き人の女性たちが家から離れた井戸に入浴に行く時、私もついてくるように言われた。13歳の子の入浴を見る方がちょとドキドキするのだけど・・・でもそれはいいようだ(ちなみに今宵は満月。満月の下、初潮の儀礼で入浴する少女の構図はなんともいえない)。

一連の儀礼が終わり、ほっとしたシャイマにお祝いのプレゼントをあげる時はまた、直接あげられなかった。ううむ。

ところで、食後、あまりに大食を強要されたため、腹痛を起こしてしまう。困ったのは横になる場所。キーラとテヌグと相談した結果、私が唯一入れる部屋があるという。それは、通称、「ミンススの間」。生理中の女性が一人で5日間過ごさなくてはならに部屋である。カーストの違う人もここには泊まれるようだ。つまり不浄の人が入れる部屋。入口が他の部屋と反対側にあり、薄暗い小さな部屋だ。この家は電気がないから、結構怖い、が、仕方ない。ここで一休みすることにした。すぐに、レヌグが薬草で作った薬を持ってきてくれ、恐ろしく苦い薬を飲む。

とにもかくにも、全く触れることができないで、親しい人間関係ははじめてである。クリチャヤス以外の人は親しくなくても、べたべた触ってくる。なんか意識しているせいか、そういう触れかたも逆に頭に来たり。接触が少し複雑になってきた今日この頃だ。

2009年1月10日土曜日

ダンシングーオールナイト



昨日の夜から朝方にかけて、ティルヴァーティラというヒンドゥー教徒の高カーストの儀礼に参加した。
これは、女性、とくに新婚の女性のための儀礼で、新婚の家にケーララ式のサリーをまとった近所の高カーストの女性たちが集まり、夜通しで踊ったり歌ったりする。

最近は、あまりやらなくなってきた催しだそうだが、友人の家は寺つきのナンボーリディ(最上位カースト。ケーララ式のブラーマン)。家も寺のすぐ前にあり、この周辺の家は、同カーストかナヤール(中でも高い地位)が集まっているので、毎年やっているようだ。

少数民族に傾倒してきたため、あまり高カーストと親交が深まっていなかったので、ちょうどいい。
儀礼なのに、酒も肉料理もないのは玉に傷だが(彼らは、もちろんベジ。酒なぞもってのほかだ)

催しは、9時ごろようやくはじまり、朝型まで続いた。最初は見ていたが、もちろん途中から参加。
ザ・参与/観察だ。

まずは、(写真)こんな感じでナマスカーラム。
それから、歌とともにぐるぐる回りながら、踊って行く。

ダンス的人間ではないので、ちょっと難しい。見た目には単純だが、インド的(?)ステップが初めてで、リズムが取れない・・・ちゃんと練習が必要だ。
ちなみに踊っている方の写真の真中にいるのが、友人のラギ。ブスが多いマラヤリの中にあって、なかなか目鼻立ちがはっきりしていている、お気に入りの友人だ(鼻の下の産毛さえそってくれればさらに良し)。

とにかく、これが朝まで続く。途中で食べまくるのでお腹は苦しい。

2009年1月8日木曜日

20090108 コーティングにコーティング 

今日も、一日作業。農作業ではなく、階段のコーティング作業の続き。今日は、牛フンではなく泥でコーティングしていく。土→土と牛フン→泥→米藁の灰と、実に4回も重ねる。手間暇がかかる作業である。幸い、全行程に参加(強制?)できているため、クリチャヤスの家屋がどれほど、自然と密接しているかはわかってきた。いわゆるモダンな家屋とは全く違う。

とはいえ、今日も疲れた。フィールドノートをつけながら、ビールを飲んでいたら、思いのほか酔ってきた。疲労感がひどい。ということで、今日はこのあたりで寝ることにする。寝ると疲れが取れ、リセットできるって本当にすごい。どうでもいいけど、日曜日の初潮の儀礼が滞りなくすみますように。二ヶ月間もかけて準備してきたのだから。

20090107 共産党宣言


昨日は、知り合いにお願いされて、久々に新聞の取材を受けた。昨年の8月以来、久々のメディア露出である。

さて、記事の意向には謎が多く、まずカラリパヤット(武道)の道場で、いくつか闘っているポーズで写真撮影。そのあと、取材となった。新聞は、左派の新聞(マラヤーラム語)。最初の質問は、

「あなたはフェミニストですか?フェミニスト運動と研究対象の関連は?」

はて?容姿のいい女性が、もっともっと恩恵を受けるような社会づくりをしたいと思っているが、これもフェミニストに入るのだろうか?最近のフェミニストの概念を更新していないので、一応、否定。

その後、質問は、1時間にわたって続いた。

共産党運動は今、何を求められているか?カール・マルクスの共産党宣言や、資本論について現代的な意義はどう思いますか?これらとあなたの研究の関係は?日本で共産党員ですか?

今日、三等、宣言。

大学一年の時、なんかの授業で読まされた古い記憶をほじくり、お得意の知ったか能力を盛り上げて、なんとか語った。2,3日中に記事(新聞と週刊誌の両方のよう)が上がるらしいが、どのようになるのか楽しみだ。クリチャヤスの友人どもは、みんな共産党支持なので、見せてあげよう。ちなみに、劇薬農薬の使用調査、および政府による禁止、制限を促してほしい、共産党政権なら、できる、というのがもっともまじめなコメントだった。これだけは、記事になりますように。

2009年1月6日火曜日

20090106 垣根づくり

ここに来てから、ずいぶんいろんな作業に参加した。そのうち、いくつかは牛フンまみれになるのだが、今日もその手の作業。

今日は、シャイマの家の垣根(これは、11月から12月にかけて、全面修正したやつ。この修正作業にも二週間ほどくわわった)のコーティング作業。彼女の初潮の儀礼がいよいよ日曜日に迫ってきたので、その準備にかなり慌ただしくなってきたのである。

コーティングは、牛フンと土を一対一ぐらいで混ぜ合わせたものを、土の壁に練りこんでいくというもの。臭いがややきついので、最初はひるむが慣れてくるとどうってことはない。粘土で大きなものを作っているような感じである。作業を行ったのは私を入れて3人。テヌグは、まだ生理4日目なので、家の前の広場(クリチャヤス語でMittom。最近、クリチャヤス語も覚えようかと思いだした。無文字言語だから聞くしかないので難しい・・・)までは、入れない。この生理中の行動範囲は、日ごとに設定されていて、初日はほとんど動けない状態。2日目以降から行動範囲が少しずつ広がり、5つか目からはほぼ全面的に動き回れるという。

この作業は、重労働とは言えないが、やはり数時間つづけてやっていると疲れる。今日は、なんやかんや3時間強やって、タイムアウト。でも、あと一日ぐらいで終わりそうだ。なんとか間に合うだろう。

3時過ぎに、町から帰ってきたテヌグが、ほらっとブランデーを差し出した。彼女とアッパイアンは、儀礼に必要なものを買いに町まで行ったのだが、帰りにお酒を買ってきてくれた。年末年始飲みすぎたので、しばらく控えようとおもっていが、我慢できずに一杯、二杯・・。いつものことながら、仕事の後の酒はなんと美味なことか~。ということで、今週は、初潮の儀礼意外にも、ヒンドゥー教徒の儀礼、結婚式、新聞の取材など、いろいろ立てこんでいるかなんとかこなしていくべし。

2009年1月3日土曜日

20090103仕事始め

なんという概念は、グレゴリウス暦の新年を祝う習慣のないケーララでは関係ない。現に、元旦もあちこちで農作業をしていた。でも、12月26日から昨日まで、日本から友人が遊びに来ていたため、農作業も調査も中断(彼女を調査村に案内はしたが)。毎日酒漬けの正月を過ごして、今日から復活ということになった。

友人が滞在してみて気づいたことだが、日本人の目でみると、ここでの生活、村の人間関係などはかなり変わって見える。いつの間にやら、慣れてしまってこっちが普通のようになっていたので、新鮮な驚きである。バケツに外で薪を使って温めたお湯を入れて入浴することも、手での食事、手でのトイレなどは言うまでもなく、私が一人で少数民族のおっさんたちと酒盛りしていること、いくつもの家族を自分の家のように使ったり、自分の家族のように接したり(つまり怒鳴ったり、甘えたり、勝手に昼寝したり、子供を本気で殴ったり<これはアッパチャンの家のビンドだけだが>)なぞなぞ、いろいろ不思議だったようだ。考えてみたら、日本にいる時よりいろんな人を口汚くののしっている。内こもり系の京都文化に触れて、委縮してしまっていたのか?危うい、危うい。

それにしても、英語と日本語とマラヤーラム語の三カ国語を同時に使うのは本当に疲れた。ていうか、どれもあまり上手でないのがネック。一生懸命話しているとき、時々言語の選択を間違えて、日本人に英語、ケーララ人に日本語、なんていう馬鹿なエラーをしてしまう。絶対に同時通訳者にはなれないだろう。

さて、そんなこんなで、今日は久々に朝から晩まで農作業。農作業も依存性が高いのか、一週間もやらないとなんだか、気が滅入ってくる。農作業させろーーー!と叫びたくなる。やっているときはしんどい、しんどいと思っているのに。来週は、大忙しだ。日曜日についにシャイマの初潮の儀礼があるので、その準備。しかも、また無駄に結婚式が3件入っている。年明けからこれだ。