ようやく、ネットが復活した。助かる。
さて、昨日からいよいよ調査開始。まずは、有機農業を広めている団体に挨拶がてら出向き、情報収集。いろいろ聞きまわったところ、どうやら来週あたりに没落農民や自殺した農民の家族への聞き取りが実現しそうだ。あまり楽しい聞き取りではないが、1990年代末から2000年代にかけてこのあたりを襲った農業危機の当事者にあうため仕方ない。
午後は、また雨の中、村を歩き回り営農と作付の調査。どうも、ここ10年間で誰もが(まだ5件しか聞いてないけど)農業収入の落ち込みを体験しているようだ。またしても、胡椒の病気も蔓延している。全体的に低迷している感じ。
新しい傾向としては、雇用促進制度が改善されて、米作に重点化されていたこと。ぼちぼち村のあちこちで田植えが始まるが、口ぐちに今年はパンチャヤートの日雇いが全部やってくれるから、こっちは見ているだけ。あれま。去年は、村のあちこちで溝掘りなどをしていたが、米増産計画とこの雇用促進制度が合体したようである(そういえば、去年のどこかの新聞で、雇用促進制度のせいで米作の日雇いが不足しているという供述があった)。とにかく、今日から早速、橋の近くの水田でパンチャヤート隊による田植えがあるらしいから、足を運んでみることにする。
それから、コーピの家の近くに新しい米の脱穀機用の小屋が立ち始めていた。女性自助組織のローンで買ったようだ。ちょっと目を話すと結構いろいろ変わっている。
それにしても、村を歩いて会う人会う人(ただし、少数民族だけ)が、酒もってないのか。日本からもってきたんでしょ?と聞く。どうも、私=酒というイメージが先行してしまったように思う。ちょっと抑え気味にしなければ、そのうちお役人に広まって、ごちゃごちゃ言われるかもしれん。
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