2009年1月12日月曜日

20090112 TouchableとUntouchable

昔から、インドにかかわる社会学者やら人類学者を喜ばしている、「淨・不浄」、「可触・不可触」の概念と実践。

勘違いが次なる勘違いを作り続ける難しい話はさておき、個人的な感情論と照らし合わせる機会が増えてきた。

日本人は、比較的スキンシップが苦手だと思う。男女間の話だけに限らず、日常生活においてあまりべたべたしない。自分のことを考えても、海外に住むことがなければ、不必要にべたべたするのは嫌だったろうと思う。でも、ネパール、そしてとくに韓国で生活してからというもの、スキンシップ感覚も柔軟になり、今では(相手を見ながらだけど。)多分日本人の平均よりも、やや上、スキンシップ偏差値60というところか?感情表現と触る、触れるということはほぼ同時に(殴るということも含めて)起こる。

で、昨晩、二か月以上かけて準備を手伝ってきたシャイマの初潮の儀礼に参加してきた。シャイマは「あー、13歳というのはこうあってほしい」と思える、生意気で、おしゃまさで、おてんばな子である。彼女の晴れ舞台ということで、まぁ、えんりゃこりゃ牛フンにまみれたりしながら、手伝ってきた。昨日は、なんやかんや100人ほどあつまったのだろうか?初潮の儀礼は、いわば元服のようなもので、親族があつまり厳粛に行われる。

言うまでもなく、クリチャヤスでないのは私だけ。儀礼のときは、いつもよりも、タブーが多かった。外に設置された調理場は、私も作るに参加したのだが、藁で囲われて外と内の境界線ができると、入ることは許されなかった。お米もだめ。長老たちがシカ肉を囲って、論議しているときは、写真撮影厳禁。時々、触ってくる人(たぶん、あまり信心深くない人)もいるものの、ほとんどの人は人が密集する中で私に触れないように気を使っている。触れたら、すぐ入浴しなければならないのだ。(一度、不本意に軽く触れてしまったおばさんと目があったが、一瞬のうちに「これはなかったことで」という協約が結ばれておもしろかった。寒いので入浴は大変だ)

米以外の外での、調理は参加できる。わいわいしながら、野菜の下ごしらえだが、みんなお互い気軽に触れ合っているのを見て、ちょっとさびしくなる。でも、私にそっけないとかではなく、むしろすごく、親しくしてくる。タブーさえ守っていれば、タブーのない部分ではかなり親密になれるようだ。

だから、儀礼がはじまり、シャイマと付き人の女性たちが家から離れた井戸に入浴に行く時、私もついてくるように言われた。13歳の子の入浴を見る方がちょとドキドキするのだけど・・・でもそれはいいようだ(ちなみに今宵は満月。満月の下、初潮の儀礼で入浴する少女の構図はなんともいえない)。

一連の儀礼が終わり、ほっとしたシャイマにお祝いのプレゼントをあげる時はまた、直接あげられなかった。ううむ。

ところで、食後、あまりに大食を強要されたため、腹痛を起こしてしまう。困ったのは横になる場所。キーラとテヌグと相談した結果、私が唯一入れる部屋があるという。それは、通称、「ミンススの間」。生理中の女性が一人で5日間過ごさなくてはならに部屋である。カーストの違う人もここには泊まれるようだ。つまり不浄の人が入れる部屋。入口が他の部屋と反対側にあり、薄暗い小さな部屋だ。この家は電気がないから、結構怖い、が、仕方ない。ここで一休みすることにした。すぐに、レヌグが薬草で作った薬を持ってきてくれ、恐ろしく苦い薬を飲む。

とにもかくにも、全く触れることができないで、親しい人間関係ははじめてである。クリチャヤス以外の人は親しくなくても、べたべた触ってくる。なんか意識しているせいか、そういう触れかたも逆に頭に来たり。接触が少し複雑になってきた今日この頃だ。

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