2008年12月25日木曜日
<イブ→クリスマス>の反省
2008年12月24日水曜日
クリスマスイブ
なんていうのは、ここではカソリック教徒、中でも都市の人が祝うもので、それ以外の多くの農家はばっちり今日も農作業。村では乾季作の土おこしが始まり、それと並行して、米の収穫が遅かった人はあわてて収穫および収穫後の作業。パンチャヤートの作業に登録している人たちは、畑の雑草すき。そして、シーズンがはじまったコーヒーの収穫、と今日も忙しい。
昨日は家にいたので、今日は、とアッパイアンの家に行くと、テヌグが怒っていた。昨日なぜ、こなかったのか?電話一本しないで。どれほど仕事があると思っているのか?キリスト教徒の家にいるからどうせクリスマスの行事かなんか行って、そして牛肉でも食べたのか?なぞなぞ、本当に怒っている。
あれま。やっぱり毎日行かなくてはならないのかぁ・・。家で作業もしたいのだけど。
明日から実は下宿先にクリスマス祝いに来ている親戚(下宿さきの)の車に便乗して、コーチンの近くまで行こうと思っている。明後日、日本からくる友人は、コーチンに到着するのだから、迎えにいき、そして三泊ほどコーチンにいるのだけど。
と、恐る恐る彼女に言うと、もう涙目だ。じゃあ、今度はいつこれるのか???と聞くので、火曜日。と現実案を言うと、それまでは一日もこれないのか?と。(だから、コーチンまで行くんだって!)おもしろかったのはここから。
「実は、昨日チャータン(アッパイアンのこと)と話合ったところ、晶子にもクーリ(日雇いの給料)を払った方がいいのでは。払わないとそのうちこなくなってしまうのでは、と心配している。それができなかったら、チキンやブランディーをもっとあげた方がいいんじゃないか?」
ということになったらしい。なんと。そこまで話がすすんでいたとは。あわてて、農作業を習いたいのだから、給料は一切いらないこと(←もらえても、せいぜい半日分で50ルピーかそこら。そんなのもらっても・・)。それから、お金もないのに、無理して(この間のように、ネックレスをデポジットにローンを借りたりして)効果な肉や酒を買わなくてもいい(これからコーチンでたらふく食べるし)、という旨を説明した。
よく分からないが、とにかくシャイマの儀礼の準備まではもうちょっと頑張ってくることにしよう。
2008年12月22日月曜日
20081222 不発
クリスマス休暇ということで、クリチャヤスの大学生組も休み。昼食後、アッパイアンの家にぶらぶら遊びにきた2人の大学生の女の子たちと、最近のファッションの流行についてだらだら話した。といのも、この間、テヌグに私がなんの装飾品もつけていないことを怒られ(これに関して怒られることは頻繁にある。女性が何にも付けていないというのも、ここでは考えられないのだ)、なんとなくのりで一緒に鼻ピアスをあけに行かなくてはならないようなのだ。痛いのいやなんだけど・・・。ところが、彼女たちに言わせると、最近鼻ピアスは少数民族の間でもそれほどはやっていなく、別に絶対しなくてはならないわけではないらしい。耳は絶対だが。話は髪型や服装にも及び、やっぱり女の子だなぁ、と思っていると、アッパイアンが帰ってきた。はて?狩は明日まで続くとのことだったが・・早くもシカ肉にありつけたのか?
ところが、かばんに入っていたのは、お土産のケーキと自分に買ったムンドゥ。肉はなし。「すんごいたくさん、象が出て。だめだった。」という。
そうそう、この村にはいないが、少し行くと野生の象がいる。家の畑を荒らしにくるので人間と象の格闘がすごい。最近では、電流の流れる柵などをしている農家もあるぐらいだ。野生の象の被害は結構ひどく、人が死ぬ場合もある。もうさすがに二週間以内に初潮の儀礼をしなくては!とアッパイアンは嘆く。「やっぱ、鶏肉ではだめなの・・・?」ともう一度聞いてみたら、彼は突然、声を張り上げて「ハン!!全然、だめだ。わしらの、儀式は他の肉なんかじゃ、絶対だめ。そんなんだったら、儀式はできん!」と叫ぶ。なんと、そんなにシカ肉は鍵なのか?(おいしくないのに・・・)なぜか、テヌグが晶子も狩に連れてけ、という。えええ?狩かぁ・・・。鹿はともかく、フォレストレンジャーにつかまったら大変なことになりそうだが・・・。
それから、今回の儀礼は、夜から朝に及び、私も泊り込まなくてはならないらしい。夜は寒いんじゃん?と聞くと、酒があるから大丈夫だそうだ。まぁ、それなら大丈夫なのだろう。とにもかくにも、儀礼までにコーヒーの収穫、狩、稲の苗作り、家の壁に牛フン塗り、などなどを済ませなくてはならない。それらがこのペースでやっていて二週間で終えられるとは思えない。でも、それ以上遅れると今度は、乾期作の田植えが始まってしまう。多分、彼らの頭の中には、これらのすべての作業に私が加わることが計算に入っているのだろう・・・
2008年12月20日土曜日
20081220 狩へ
今日は、朝からずっと、コーヒーの収穫。果てしなくコーヒーとアリ。新たな発見は、蟻だけではなく、コーヒーの実には野生のゴキブリもくっついているということ。見たことがある体型の昆虫だと思ったら、ミドルサイズのゴキブリ。コーヒーの実は彼らにとってもおいしいのだろう。
それはそうと、昼食後、アッパイアンはいざ森へ狩に出かけた。狙いは、シカ肉。鹿肉がなかなか手に入らないので、娘のシャイマの初潮の儀礼が遅れている。今回で決めようと、3日間森に入るらしい。火曜日の夜に帰ってくるといっていた。多分、100人以上の人を呼ぶのだろうから、鹿一頭では足りないだろう。そして、狩の難しさは鹿とのやりとりだけではなく、フォレストレンジャーとのやり取りもある。森林保全のため、狩はとうに禁止されている。見つかれば、密猟者として捕まってしまう。そのような危険をおかしても、やはりシカ肉がなければはじまらないようなのだ。(おいしくはないが・・・・。味の問題ではないのだろうか?個人的には鶏肉の方がいいかと・・・)
2008年12月19日金曜日
20081219 パッチャリ購入
苦労して、ようやくパッチャリ(Low Rice)を8キロ手に入れた。ケーララでは、Boiled RiceとLow Riceを分けている。前者は脱穀の前に、一度米粒をゆでて、それから脱穀する。それに対してLow Riceはそんなことをせずに脱穀する米だ。カルナータカやアンドラプラディッシュに行って感じたのは、全部パッチャリであることだ。炊いてあっても、どうもぱさぱさしていて、粘りが足りない。Boiled Riceになれてしまうとうま味が少ないように感じる。
パッチャリは炊いてカレーと食べるのはいまいちだが、米紛にしてパン(アッパム)にするとおいしい。ところで、農家でない下宿先では、米は普通に町のお店で買っている。私は、ちょくちょくクリチャヤスの人たちの家で有機農法で作った在来米のご飯やアッパムを食べているもんだから、うちのごはんはおいしくない、と文句を言っていた。そんなもんだから、家の人がじゃあ、彼らからいくらか買ってきて欲しいと頼まれたのだ。
それから、頻繁に、米はあまっていないか、いないか?と聞くことにした。11月末はちょうど米の収穫が始まろうとしていたので、どの家も、米が少なくなっていて断られていたのだが、どうやらクリチャヤスのクドゥンバーサリ(女性団体。というのが直訳だが、パンチャヤートが組織しているご近所のおばちゃんたちの集まり。彼らは、小規模ビジネスや銀行預金などをしている)が運営しているミル機の小屋で分けてもらえるとのこと。ここでは、収穫を終えた農家が脱穀するために自分の稲を持っていったり、余った米を売って現金に換えたりしていることが発覚した。
で、そこに出向いて、米は余ってないか、と頻繁に聞くことにしたのだ。12月上旬には収穫を終えて、手に入るよ、と聞いていたが、足を運んでもなかなかあまり米はなかった。で、家の人は、「クリスマスになってしまうじゃないか~!」と毎日文句いう。それに、クリスマス後は日本から友人が遊びに来るものだから、その時においしいアッパムを食べさせたいものだ。
そんなこんなで、今日、ようやく8キロ買ったのだ。一キロ13ルピーで、104ルピー。町で買うのと変わらないし、なんといっても有機農法である!(もちろん、認証などはないが)これは、れっきとした、産消提携、地産地消、代替市場といえるだろう。クリチャヤスの人たちに聞いたら、自給用の米に余分があったら、町に売らないでここで売るらしい。だから、町にはおいしい米なぞ売っていない。有機米もどこか都市にいけばあるにはあるが、恐ろしく高い。
さて、明日の朝は早速、買ったばかりの米でプゥトゥというココナッツを混ぜた蒸しパンを作ってくれるそうだ。ああーー楽しみ。
2008年12月18日木曜日
20081218 なんだかごちゃごちゃ
なんだがせわしい日だった。朝はまず、町のパソコンショップに、接続の悪いパソコンのアダプターを直しに行く。それからすぐに村へ。
まだクリチャヤスの家に行くのは許されていないので、久々にアパチャンの家で農作業をしてもらうことにした。ここも作業はコーヒー。でも、規模が違う。日雇いをいつもの3人に加えて、さらに10人を雇い大がかりにやっているのだ。テヌグと私だけでチョロチョロやっているのとは大違い。化学肥料を入れていないとい意味では両方とも有機栽培だけど、やっぱりアパチャンの家のコーヒーの方が質はいいように見える。
今日は、アパチャンの家でお昼ももらい、今度はリンダの家に英語を教えに行く。なんとなく引き受けてしまった英語のクラスだが、まー、あそこはおいしい手作りお菓子が出るので。
4時過ぎ、今度は帰りにクリチャヤスのクドゥンバーサリー(自助努力グループ)が運営しているミル機の小屋に行く。頼んでおいたパッチャリができていないか、確認のためである。ミル機は激しく活動していて、明日なら手に入るだろうと教えてもらった。ちぃっ、まだか!
ようやく帰ろうとしたら、途中の砂利道で、自転車のペダルが外れた。最近、自転車の調子が悪いのだ。家へ向かう途中にある車の修理工場で応急処置をしてもらったが、200メートルも走ったらまた外れた。仕方なく、自転車を引きながら再び町の自転車屋へ。妙にLDF(共産党)のデモ行進がうるさい。で、自転車屋で20分ほどかけてなんとかペダルを取りつけてもらえて、今日は終了。明日は家にいようと思ったが、もうプンチャクルシ(乾季の作)が始まる様で、シブの水田に見に行かなくてはならないことに。なかなかゆっくり頭を整理する時間がとれん。
2008年12月15日月曜日
20081215 木登り
何年ぶりだろうか?久々に木登りをした。鉄棒、鉄の登り棒は大嫌いだったが木登りはすき。今日は、先週に引き続きコーヒーの実の収穫。コーヒーの木は、せいぜい背丈が3メートルちょっとぐらいの低いものだが、それでも上の方についているのは背丈が届かない。それで木登り。
あまり太い幹ではないので、うまく座らないと折れてしまいそうだし、結構ゆれる。幸いなことに今日登った木にはあまりアリがついていなかった。アリがいたら難しそうだ。特に噛むやつ。私が木の上からコーヒーの実を取り、下に置いてある籠に投げ入れる。いくらかはこぼれおちてしまうのでそれをテヌグが拾い集めるという感じで作業がちゃきちゃき進んだ。農作業なので、懐かしんでいる暇はないが、それでもなんだか楽しい。
しかし、実は今日の午後から今度は私が生理になってしまった。これでクリチャヤスの家には最低3日間はこれないから、ここでの農作業も中断。まあ、三日なんかじゃこの収穫作業は終わらないようだから、また続きはできる。頭が痛くなってきてこれはくるなぁ、と思ったのでその旨をテヌグにつたえると、生理明けの入浴の仕方を指導された。まず、生理中に使っていた衣服とそうでないものは混ぜずに洗うこと。そして、入浴は早朝行うが、必ずその前に牛フンを水で薄めたものを自分が立っているまわりに振りまきお清めをすることなど。このお清めは、初潮の儀礼でも行われていた。そして丁寧に入浴したなら、すぐ来てほしいと。さて、どうしようか。牛フンによるお清め以外はたやすいが、牛フンは手に入らないし(がんばれば近所の農家からもらえるが)、確か振りまくのは恐ろしくくさかった気が・・・これをキリスト教徒のうちでやったら怪訝に思われるに違いない。ま、丁寧に入浴してきたよう、ぐらいで許してもらうことにしよう。
2008年12月13日土曜日
20081213 あり/アリ/蟻
アリのことについて広く考えてなかったが、今日はそのような機会が与えられた。
テヌグの生理が晴れて明け(物理的に終わったかは不明。とにかく規定期間の休みと明けの入浴が終わった)たこともあり、今日は終日コーヒーの収穫作業となった。コーヒーの収穫作業は去年もそこそこやっているし、稲作に比べて労働量がたいしたことない。余裕かと思いきや、しかし、難易度は高かった。ありがすごいのだ。
最初取り組んだコーヒーの木には、背丈二ミリそこそこの黒いありがたかっていた。コーヒーの実が10個以上集まっているところに巣をつくっていることが多く、そこの実を外そうとすると大軍が手にわーっっと登ってくる。今日は半袖のTシャツだったので(次からは長袖にすべし)一気に肘、そして脇に入り込んでくるありはかなり不快でいちいち叩いていた。近くで収穫しているテヌグを見るも、彼女の指先も黒い手袋をはめたようにありの大軍でまっくろになっている。でも、彼女は気にもしていない。私も、一時間が過ぎたあたりからまあいいやと思うようになってきた。時々、Tシャツの中に入ってきたやつはらうことにして。
が、甘かった。昼食後に取り組みだした木には、ちびありよりもやや大きい黒アリでおしりの部分が茶色く、キュっと上がっている(そう。ゴキブリの赤ちゃんのように。)やつが同じようにたくさんいた。しかも、今度のは、私の皮膚に上がりこむやいなや、噛んでくるのだ。注射を指さされたような激痛。このアリに比べると最初のありなんかは、登ってくるだけで何もしないお上品なやつらである。さらに、別の木には1センチぐらいの大きな赤蟻もいる。これは、もう非常に顎が発達しているやつで、タイで井戸掘りしていた時もかなり悩まされたやつである。もちろん噛む。しかもかなり激痛である。また、テヌグを見ると今度はさすがに噛んできたものをつぶしていた。でも慣れっこのようだ。
彼らにもなわばりがあるようで、ちびありの木は、ちびありだけ、注射アリの木、赤蟻の木とそれぞれまじりあっていない。とにもかくにも、収穫を続けなくてはいけない、さて、どうしよう。また小一時間がすぎて立てた対策は、ありの巣がある実の密集地帯を見つけた場合、まず一、二粒だけすばやく実を取るのだ。すると、ありの大軍が、敵襲かと思ってわーーーーっと飛び出してくる。その間に他の実を取り、また少ししてから、同じところの一、二粒を取る。同じように大軍が飛び出してくる。これを繰り返しているうちに、どうも半分ぐらいになると彼らのほとんどがどっかに行ってしまうようなのだ。まて、テヌグを見る。結構ありにやられているようだ。この方法を教えてあげようかと思ったが、時間効率が悪い、ありなんか気にするな、と怒られてしまいそうだ。
2008年12月12日金曜日
20081212 稲刈り機
二日連続でお役所での聞き取り。これはこれでかなり疲れた。疲れたといっても体力というより、なんというか疲労感。こういった政策的なデータ集めもまぁ調査の重要な部分ではあるが、ふーーーぅん、という程度で面白いものではない。
でも昨日は、導入されたばかりの稲刈り機による稲刈りを見に行った。韓国製のどでかい機械で1エーカーの稲刈りを5人でまる1日、日干し4日、脱穀作業2,3日と一週間はかかる工程をなんと一時間半でやってしまう。こんなの入ってきたら、もー前にはもどれない。稲刈り作業は女性が担い手だが、この機械は、今のところ機械を動かせる農業局の職員の男性が一人でやる。女性たちの仕事が職員の仕事となってしまった。あらまぁ。あのわいわいがやがや、稲刈りの初日と最終日の収穫祭。ぜーんぶ無用になるのか??といっても、今はこのワヤナッド県で3機しかもっていなく、この機械で稲刈りできるのは、ほんの少しの農民だけだろう。そして一時間1300ルピーから2500ルピーも支払わなくてはならない。ちなみに、今期、アパチャンとスカリアはこの機械で稲刈りをしたようだ(私がウィーンに行っている間に)。
耕運機もそうだったが、農民たちは機械の導入には積極的である。確かに、土おこし、田植え、収穫など重労働かつ時間がかかるので、機械まかせが楽に決まっている。生産活動とはそういう価値観で動いて行ってしまう。人類学の仕事は、身勝手な回顧主義が飛び出すのを抑えつつ、こういった大きな変化がもたらすものを周縁にまで広げて記録するしかないようだ・・・
2008年12月10日水曜日
20081210またまた生理休暇
ということで少なくともアッパイアンの家では土曜日まで農作業をすることがなくなった。(彼女、結構正確にくるなぁ)この隙に、明日はカルパッタまで足を運んで、お役所的な情報を少し集めようかと思う。知りたいことは、いくつかあるが米のことが中心。役所の人は知らないかもしれないが、その時はまぁ、政策などを聞いておこう。それから、明日はできないかもしれないが、明後日にはアディヴァシ寺院と呼ばれている村に近いヒンドゥー寺院(ヴァリウー・カーブ)を訪ねて歴史などを聞きたい。どうもここの3月にあるお祭りは昔、Bounded Laborsの雇用、契約、交換の場であったという話を耳にしたのだ。金曜日は、もう一つ、銀行の農業部門の人に聞き取りをして、この地域の農民の借金事情を確認しておきたい。
ということで、二日ほど文科系の調査となる。体育会系の方が好きだが、こっちをやってしまうと調査というよりはただの労働になるので、たまにはよいかと。
2008年12月8日月曜日
20081208 シカ肉
久々にここでの日課、ヨガ→ジョキング→農作業をこなしたら、もうヘトヘト。10日間、汗を一滴も流さなかったものだから(ウィーンは寒いからだけど)、体が全然ついていかない。
それはさておき昨日は雨が降ったため、稲刈りは中止。すでに稲刈りが済んでいるアッパイアンの家での、収穫後の作業となった。が、しかし、これも想像以上に大変で、時間がかかる。今日はヴィーシュといわれる作業となる。日本語でなんていうのか分からない。日本では、多くが機械かされているので、ここまでは稲刈り機が一括してやってしまうと思われる。要は、穂と米粒を分ける作業の一つで、収穫後最初は、石に叩いたりして脱穀する。これでもまだまだ落とし切れていないので、先っちょにフックがついている、竹棒で穂を振って米粒を落としまくる。ここまでは昨日の作業で、今日は、その次に米粒と米の入っていない米粒、穂の残りを選別する作業を行う。これが、ヴィーシュと呼ばれている。
まずは、かごに入れた米を半径5メートルの円状に投げるという作業だ。手前に埃が落ち、その周りに米粒が円を書いたように投げ込まれて選別される。さっそくやってみたけど、全然だめ、といわれる。見よう見まねでやっても、やっぱり駄目。どうしてダメなのかわからない。
今度は、投げた米と埃カスの境界にあるのをかき集め、さらに選別する。投げるのはここまでで、次はかごにいれたものを頭の高さから少しずつ振り落とす。その後ろでもう一人が竹製の大きな四角い団扇で風を起こし、埃を飛ばすという作業である。団扇役をやることになったが、これは案外きつい。かなりのスピードで大きなうちわを仰がなくてはならないので、腱鞘炎になりそうだ。でも、これが一番コツのいらない作業だったので、私がやることになった。風神になった気持ちで強く仰ぐと、うまくいくようだ。なるほど。風神はこういう気分か。でも、彼は袋から風を出していたような。手抜きである。
それから、昼食には鹿肉が出た。熊、馬、カエル、犬といろいろ食べているが、意外と鹿ははじめてだった。食べたのがばれて、森林局に訴えられたら牢屋に閉じ込められるらしい。絶対に誰にも言うな、と念を押される。鹿肉はシャイマの初潮の儀式でも出されるらしい。鶏肉ではだめなのか、と聞いたら、だめだという。鹿肉は恐ろしく硬くて(野生だからだろうけど)、特に味が良いというわけではなかった。
ともかくも、やはりこれからは一日置きに農作業をすることにしようかと思う。こんなに疲れていては、何もできず飲むことと寝ることしか考えられない。ということで、まだ7時前だがぼちぼち寝ようかと思う。
20081207 ムンバイテロ
ムンバイのテロ事件は、ドゥバイ国際空港で知った。テロの発生した日、ちょうどカリカット→ドゥバイ→ウィーンへの旅路だったのだ。ドゥバイのグローバライゼーションを凝縮させた空港(ていうか、やり過ぎでは?ちょっとなさけなくなる。バブル期のテーマパークのオンパレードを彷彿させる。内容は、エルメスにグッチ、フェルガモのボスなどなどだが。食べ物屋はバーガーキングやらスターバックス、アイリッシュパブ。おいおい。)それで、なんというか、カリカットで飛行機に乗るやいなや飲み通しだったので(エミレーツが提供したカリフォルニア産のシラッツのワインはなかなか。これもグローバライゼーションの流れだが、おかわり自由なのでよいとしよう)、あまりピンとも来ていなく、「あれ?この間ランチしたところじゃん」ぐらいの印象でそのまま華麗な芸術の都入り。
ウィーンでは、久々に生ハムと栗、最近急成長のオーストリアワインを飲み続け、そして姉のコンサートへ。初めて聞く印象派のピアノ曲(今回の曲目は印象派が中心で、ラベルの鏡、スカラッティなどである。)は、ロマン派やバロックとは異なり、聞きにくい印象があるものの、非常に楽しめるものだった。歌謡曲な母には理解が届かなかったらしく、そのことでまた親子で議論。
とまあ、優雅(?)に過ごしていると、時間はワープしたように過ぎ、昨日はもう村に戻ってきてしまった。で、ここの話題はムンバイテロ一色。歯を磨いていると、下宿先のロナパンが、「あきこぉ、教えてくれ。なぜ、イスラム教徒はテロばかりするんだ。パキスタンは、全世界がイスラム教徒にならないと、がまんできないのだろう。」と嘆く。ちょっと、ちょっと待って!このありがちな、一般化図式<テロ=イスラム教徒=パキスタン>に強烈な映像を見せられた一般人がおののくのは仕方がないと理解しつつも、またこの世界が一歩悪い方向に進みつつあることを知る。あわてて、10日分たまっていた新聞を拾い読みする。事件発生から銃撃戦、そしてその終結(日本の、邦人ばかりの安否の情報で、全体像を見せない報道はさておき)、アメリカの動き、そしてインド政府による空爆示唆の発言。一連の流れは、9・11の時とほとんど同じようにちゃきちゃきと進む。
村にお土産などを渡しにいっても、やはりその話題だ。今、空爆を開始しても、みんな手をたたいて喜びそうだ。もちろん、イスラム教徒をぬかして。昔、「文明の衝突」といったあほな議論を展開した学者がいたが(そしてその本はかなり売れたらしい)、そんなおとぼけな考え自体の是非はともかく、そういった路線に人々が容易に乗っかってしまうことは事実に近いようだ。その意味で、あの本は政治学より社会ヒステリー心理学だろう。そういう確信犯なら、大衆扇動家としてそこそこの実力者だ。元直木賞作家の都知事や東大一直線の漫画家と一緒に、無人島で暮らしてほしい。
とにもかくにも、明日からまた農作業開始。稲の収穫作業を終えていない農家に、来るように言われた。別の農家では収穫後の作業もするように言われた。無償労働者として、そこそこ引っ張りだこである。アッパイアンの家では、10日も忙しい時に休んだのだから、かなりせいを出して働くようにいわれる。サヌたちには、1月に金が入る予定があるので、酒をおごってやると耳打ちされた。ここからは、ちょっと意識的に農作業以外の時間も確保しないとまずそうだ。目標としては、週4日農作業で、3日は別のこと(普通の聞き取り、書きものなど)するようにしたい。12月に入り、もう年の瀬。一年中、夏服の国では季節感がつきにくい。