ムンバイのテロ事件は、ドゥバイ国際空港で知った。テロの発生した日、ちょうどカリカット→ドゥバイ→ウィーンへの旅路だったのだ。ドゥバイのグローバライゼーションを凝縮させた空港(ていうか、やり過ぎでは?ちょっとなさけなくなる。バブル期のテーマパークのオンパレードを彷彿させる。内容は、エルメスにグッチ、フェルガモのボスなどなどだが。食べ物屋はバーガーキングやらスターバックス、アイリッシュパブ。おいおい。)それで、なんというか、カリカットで飛行機に乗るやいなや飲み通しだったので(エミレーツが提供したカリフォルニア産のシラッツのワインはなかなか。これもグローバライゼーションの流れだが、おかわり自由なのでよいとしよう)、あまりピンとも来ていなく、「あれ?この間ランチしたところじゃん」ぐらいの印象でそのまま華麗な芸術の都入り。
ウィーンでは、久々に生ハムと栗、最近急成長のオーストリアワインを飲み続け、そして姉のコンサートへ。初めて聞く印象派のピアノ曲(今回の曲目は印象派が中心で、ラベルの鏡、スカラッティなどである。)は、ロマン派やバロックとは異なり、聞きにくい印象があるものの、非常に楽しめるものだった。歌謡曲な母には理解が届かなかったらしく、そのことでまた親子で議論。
とまあ、優雅(?)に過ごしていると、時間はワープしたように過ぎ、昨日はもう村に戻ってきてしまった。で、ここの話題はムンバイテロ一色。歯を磨いていると、下宿先のロナパンが、「あきこぉ、教えてくれ。なぜ、イスラム教徒はテロばかりするんだ。パキスタンは、全世界がイスラム教徒にならないと、がまんできないのだろう。」と嘆く。ちょっと、ちょっと待って!このありがちな、一般化図式<テロ=イスラム教徒=パキスタン>に強烈な映像を見せられた一般人がおののくのは仕方がないと理解しつつも、またこの世界が一歩悪い方向に進みつつあることを知る。あわてて、10日分たまっていた新聞を拾い読みする。事件発生から銃撃戦、そしてその終結(日本の、邦人ばかりの安否の情報で、全体像を見せない報道はさておき)、アメリカの動き、そしてインド政府による空爆示唆の発言。一連の流れは、9・11の時とほとんど同じようにちゃきちゃきと進む。
村にお土産などを渡しにいっても、やはりその話題だ。今、空爆を開始しても、みんな手をたたいて喜びそうだ。もちろん、イスラム教徒をぬかして。昔、「文明の衝突」といったあほな議論を展開した学者がいたが(そしてその本はかなり売れたらしい)、そんなおとぼけな考え自体の是非はともかく、そういった路線に人々が容易に乗っかってしまうことは事実に近いようだ。その意味で、あの本は政治学より社会ヒステリー心理学だろう。そういう確信犯なら、大衆扇動家としてそこそこの実力者だ。元直木賞作家の都知事や東大一直線の漫画家と一緒に、無人島で暮らしてほしい。
とにもかくにも、明日からまた農作業開始。稲の収穫作業を終えていない農家に、来るように言われた。別の農家では収穫後の作業もするように言われた。無償労働者として、そこそこ引っ張りだこである。アッパイアンの家では、10日も忙しい時に休んだのだから、かなりせいを出して働くようにいわれる。サヌたちには、1月に金が入る予定があるので、酒をおごってやると耳打ちされた。ここからは、ちょっと意識的に農作業以外の時間も確保しないとまずそうだ。目標としては、週4日農作業で、3日は別のこと(普通の聞き取り、書きものなど)するようにしたい。12月に入り、もう年の瀬。一年中、夏服の国では季節感がつきにくい。
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